二人がまだ若かった頃、一緒にデパートに行って、
タイプライターを買った。
なぜタイプライターだったのか、今、思い返してみると、
はっきりとした理由が、見えてこないけれど、
フランス語を、タイプライターで打ってみたいと
そう思ったことは、はっきりと覚えている。
連れ合いは、フランス文学やら、フランス思想やら、
私なんかより、ずっと、読み込んでいて、
私も、その影響を受けていた。
パスカルの『パンセ』なんて、心が揺さぶられるような感動だった。
そんな私たちは、大学の一年次でフランス語をとっていて、
確か野村先生だったと思うけれど、毎時間、楽しく勉強していた。
そうだ、こうやって書いていて、あの時、ほんの少しでも手を染めた勉強に
もう一度、向き合ってみたいなと、思い始めている。
人間は、底なしに弱い存在だが、その精神は、誇りに満ちていると、
そういうことを、何度も何度も思った若かったあの頃。
その思い出の品物として、ずっと戸棚の奥にあったタイプライター。
それを表に出して、机の上に置いてみたのだ。
オリベッティのバレンタイン、真っ赤なタイプライター。
まだ、動く。ほったらかしにしておいたのに、うっすらと文字が打てる。
ネットで調べたら、リボンを買える創業50年余りというお店がある。
近いうちに注文しよう。