11月のはじめに思ったこと

山本太郎氏が園遊会へ招待されて、その席で手紙を直接手渡した行為について、どうしようもない違和感がぬぐいきれない。

手紙の内容は「福島の子どもたちの現状と原発終息に向けて最前線で働く人々の劣悪な労働環境について」だったという。

それらを毛筆でしたため、懐へ入れて園遊会に出かけた山本太郎氏は、天皇と直接向き合った時、深々と頭を下げて「礼」を尽くし、手紙を手渡したのだった。

彼は福島の子どもの被曝の問題は一刻の猶予もないから、「身分」を越えて、天皇に、この地球に生きる人間として、福島の実情を知ってほしかったのだと、確かこんな意味のことを語っていたと思う。

冒頭に違和感がぬぐいきれないといった。それはこうした彼の行為への批判を持っているということだ。そういいながらしかし、山本太郎を支持する思いを変えるつもりはない。

「いまはひとり」という名の新党を作り、すがすがしく国会へ送り出された山本太郎氏は1人では到底越えられない巨大な壁、惨憺たる国会の現状を目の当たりにして愕然としに違いない。

それでも、議員になってからの彼の行動は凄味があった。「秘密保全法」の危険性を訴えてたった一人で全国行脚。各地で街頭演説をして国民一人一人が国会議員に「法案反対」の意志を示せと迫っていく。

民主主義の根幹が危ないのだと、闇のような国になってしまうと、丁寧に誠実に訴えて全国を北から南まで、ネット報道が伝える山本太郎の姿は、胸をうつものだったと思う。

これだけの行動力のある国会議員を見たことがなかったからだ。それこそ、無私の精神で、強大な国家権力に踏みつぶされ続けている民衆に寄り添い続けていると、ためらうことなく思うことができたからだ。

だが、それが「天皇」へ手紙を手渡すという行為に、どうしてつながっていくのだ。いったい「天皇」に何を求めたのだ。仮に山本太郎氏が望んでいたように、「天皇」が現状を認識したとしよう。
そして「天皇」は何をすると仮定したのか。何ほどかの天皇の言動を期待しなくては手紙など書けるはずはない。

だが、周知のように日本の天皇制は彼の存在を「象徴」というあいまいな言葉で規定しながらも、何事においても超越した位置に「天皇」として据えている。

その「天皇」に、山本太郎氏がなぜ、アクセスすることに踏み切ったのかが理解不能なのだ。安倍を筆頭とする政治権力を始め、そこに連なっている諸々の社会状況が、どれほど絶望的であっても、矢が向く先は「国会」であり、山本太郎氏がやるべきことは、その矢に民衆の叫びをつがえることしかないと思う。

これまでが真にそうであったかどうかはともかく、安倍政権下における「民主主義」の危機的状況を、身一つで全国を歩きながら訴えていた山本太郎氏であればなおのこと、天皇へ手紙を書き、それを直接手渡したという一連の行動に批判的にならざるを得ない。

天皇制の歴史的な功罪について、真正面に向き合い、処理することのなかった日本に生きるものとして、山本太郎氏の今回の行動は、この国の実情をあからさまにしたという意味で衝撃であった。

山本太郎氏よ、お前もか」という言葉が浮かんでくる。だが改めて、天皇制に向き合って、何を考え、どう行動してきたのかと、より一層明確な、自問自答が自らに迫られているのだ。

さて、こうして初めて言語化してみたが、不完全なものだ。もっともっと考えなくてはならない。