さあ もう眠ろうっと・・・

 ここのところずっと 本気で仕事を辞めたいとおもっている

 もう限界だろう 体力のではない 忍耐の限界だということだ

 親方日の丸式の人生は どうしても無理になってきている

 福島原発の事故以後 この国の あまりのひどい対応に

 それを表現する言葉など とうの昔に忘れてしまったが

 それでも 私の仕事場は 教育現場だ

 人類がこれまで経験したことがなかった原発事故と

 確かこんなふうに言ったのは 小出裕明さんだったが

 それと向き合う生き方ができない状態で

 私は仕事場になどいることはできないだろうと

 ずっとずっと思い続けてきたのだ

 西の果ての島の高等学校では

 原発事故のことなど 日常的にはもちろんのこと

 今に至っても 田舎を出て上京する事は

 やはり最上のことで だから 進学先は

 東へ東へと 上京するという筋書きになる

 実際 それへ異議申し立てできない私

 個人的に相談されたら 放射能汚染の話は必ずするけれど

 それでも 公的にはもちろん 東へ東へという

 進学先の方向は 変わるはずもない

 福島から あるいは関東近県から 西へ西へと

 移住者が増えているというのに そんな情報は全く知らされず

 若者は 見えない放射能に向かって

 将来の進路を見出そうとしている

 いや そう仕向けられているのだ

 なぜ 闘わないのかと問われたら

 弱腰なのだとまずいおう さらに続けて いっかいの講師には

 ほとんど 力などないのだと言い訳をしよう

 だから 離れたいと思っている 

 税金で わずかなお給料をいただき 

 上ばかり向いている 権力の虜のような管理職

 その上の管理職 そのまた上の管理職に逆らえないなら

 食っていくめども立たない状況でも

 市井の 一人の抵抗者として生きなくては

 きっと後悔するだろうと 少なくとも 心の中では

 ずっと ずっと そんな風に思い続けて

 今日にいたってしまっているということ

 何より もうこの国は終わっているのに

 私は そのことの重大さを 何一つ

 日常の中で 言い表せないまま なかったような顔をして

 現場で仕事をしている自分に腹立たしさをおぼえている・・・・

 このままでは 絶対にまずい もう老年に入っているのに

 死に際に後悔などしたくない どうしてもしたくない

 そういえば 昨日 知人の窯元を訪ねた

 その時の写真・・・夏に息子さんを亡くされた

 生きずらさの中で 心を病み 闘病中に亡くなった青年

 その悲しみを引き受けながら 相変わらず 心惹かれる作品の数々が並ぶ