自由民権運

自由民権運動」について2000字でレポートを書かなくてはならない。

12月くらいから、いろいろ調べていた。

忙しかったこともあって、あまり身になっていないが、面白い。

一冊、二冊、三冊と、同じテーマで読む本が増えると、

「ああ、これはあのことだ」とか、「そうか、そういうことだったのか」と、

私の中に描かれる「自由民権運動」の輪郭が、徐々にはっきりしてくる。

でも、まだまだ時間がかかりそうだ。

暴漢に襲われて、瀕死の中で「板垣死すとも、自由は死せず」と

言ったといわれている板垣退助土佐藩士だったのか。

そんなことはすっかり忘れていたが、

討幕運動の志士として時代を駆け抜け、

ほんの一時、明治政府の要職に就くけれど、ほどなく辞任する。

西郷隆盛などと共に「征韓論」を唱えて、それが退けられ、自ら公職を離れる。

征韓論」、隣国を征服する、隣国に強く開国を迫る、

そんな暴力的な主張を持っていた板垣退助が、

自由民権運動」の指導者というならば、ここでいう「自由」の意味はなんだろう?

今から150年前の「自由」という言葉の意味を、正確につかみたいと思う。

未だ、中学生か高校生並みのレベルでしかない自分を見つめて、

ゆっくり勉強しよう。