1月3日・・・

久しぶりに友人と談笑する。私より年下だが、二つか三つの差で、ほとんど変わらない。

連れ合いと話すこと以外には、同じ年代の人と話すことはほとんどないので、充実した時間を過ごすことができた。

話題はいろいろだったが、彼女にとっては、重要課題である「母上」との共同生活の問題が主になった。

80歳ももう後半になっている「母上」は、しばしば理屈に合わないことでヒステリーを起こす。

たった一人でそれに向き合ってきた友人は、いくつもの深刻な事態を「・・事件」と名付けて話してくれた。

以前から、そうした「母上」の状態は聞いていたので、特別驚きはしなかったが、その深刻さは確かに加速している。

ずっと以前、夕食時に両親と一緒に日本酒を飲んでいた友人は、今はそれをやらない。

当時は父上もいたが、彼の方はすでに亡くなり、それでも「母上」と二人で晩酌をしていたのに、自宅では酒を飲まなくなった。

その理由は、「母上」のヒステリー状態に付き合っていれば到底身が持たず、外出して一時的な避難を余儀なくされるからだ。

そのためには、車を運転して出かけなくてはならず、そのためには、酒は絶対に飲めないのだ。

実の母親との、そうした向き合い方を強いられる友人の心を想う。

「母上」とは、何度も出会っている。笑いながら話もする。

だが、娘に対しては容赦なくヒステリーを爆発させる老女を、友人はほぼ一人で支えている。

老女の今は、老女の過ぎ越した歴史でもある。

誰がどうだというのではない。一人の女の歩いてきた道のりの大変さを想っているだけのことだが、

男の在り様に比べたら、どう考えても過酷な現実を担わされてきたのだ。

田舎の幾世代も続いた家に嫁ぎ、夫の父や母や、そのまた父や母を世話してきたはずの友人の「母上」。

その「母上」の抑圧してきた自我の噴出だといってしまえばそれまでだが、

娘である友人が、その状況を受け止め、引き受ける姿は、私の心を揺さぶっている。

福祉行政のあまりの貧困さはいうまでもないが、一人の女の生涯の在り様として、

他人事でなどありえないという思いが、じわっと込み上げてくる。