偉そうな 呟き・・

思いつめる自分、明るくなれない自分を、無理に明るくしよう、
思いつめないようにしようというのは、
そこでまた無理をしているから、やーめた。

ずっと課題だった。すっきりとなったこともあるけれど、またどこかで心が揺れる。
これでいいのかって。いや、これでよかったのかって思うこともしょちゅうだった。
だから言葉にすることにしよう。つぶやくことにしよう。

ずっと ずっと自分の肩には「暮らし」があった。
どうしてこうも、生きて暮らしてゆくのは大変なのかと、
その状況に押しつぶされそうになりながら、少しずつ少しずつ歩いて、今日まで来た。

そこで身にしみて確信したことは、いや少し強すぎる表現だ、
ここまでの自信がないからこうして書き綴っているのだから、またここで無理はしない。
人間のまるごとの存在ということを実感してしまったということ。

1人の人間に実際のところ、「暮らす」力が本当に弱くても、それによって、
その人間を愛せなくなるということがないのだ。
当然といえば、当然のはなし。でも、こう思えるには年月がかかったし、

「現実」にぐちゃぐちゃになりながら、そこからやっと見えてきたものだ。
その人間の生活能力や経済能力のなさと、その人間の美徳とは、完全に別物だということを、
もうこれは絶対の真理なのだと、死ぬ間際には、どうしてもいい遺しせるようにと思っている。

そんなことを言う当の私は、そういう人間としての家族と共に生きてきて、
どう考えても幸福だったということ。そんな家族の存在が、
私の内面をほとんど日常的に高め続けてくれたということ。

死ぬほどのエネルギーを費やして「人間」を見つめ続けることができたということ。
だから、いまこうしてあるということ。人間の「尊厳」の意味がわかりかけてきたということ。
人間を愛するということの実際が信じられるということ。

なんか、すごい口調になってしまったけれど、自分の心を吐露するとどうしてもこうなる。
人間ってなにとか、愛ってなにさとか、そういうことがほんのちょっとずつ見えてきたかなって思えるようになったら、
この世でいう「付加価値」なんてほとんど意味がないなあ・・て今日は偉そうなまとめ。