2013年1月6日(日)午後8時過ぎ  自宅にて 「雑感」

明日から出勤、先月の29日から休んでいたので9日間は勝手に過ごしていたことになる。いい時間だった。好きなように自由に過ごすことができた日々だった。もちろん、こうした日々を送ることができたのは、家族がそうさせてくれたからだ。大事にされていることには感謝するしかない。
失業者が巷にあふれているこんなご時世に、仕事を持っているだけでも幸せなのに、明日の朝から仕事に出かけていくことに気後れがしている。自分に合わないいやな仕事をしているわけではないのに、気後れするなんて・・・。理由はわかっている。仕事場での私は、やはり本当の私ではないと思うからだ。
本当の自分をそのまま出して、思った通りの方向にどんどん仕事をしてゆくことで、報酬がもらえ、それで家族が生きていくことができたら、どんなにいいかと思う。もともとそんな理想的な生き方をしたいとは思っていたが、今こうしてふり返ると、その日暮らしの毎日で、そんなことを実行する余裕などほとんどなかったなと思う。


新釈漢文大系3 『小学』宇野精一著 明治書院
南宋儒者朱憙が友人の劉子澄に依頼して書かせた原稿に手を加えたもの。
成立は1187年。
構成は内篇と外篇の二つに分かれ、各々内篇は経伝を引用した儒教倫理概論、外篇は内篇の正しさを実証するために漢字代以降の人々の言行を記述している。
少年が修養するための教科書
日本でも徳川時代には土佐の野中兼山などが読みやすくして藩校で教科書として使い、それ以後諸藩もそれに倣ったといわれている。
おもしろくないだろうか。授業で、これを読んでみようと思う。800年以上前に南宋で書かれた本が、その後日本に入って来て、1600年代には日本で武士の教科書になっていたという。
中国から一つの思想が入ってきたのだ。そのことを、「ああ、そうなのか」と知るために、漢文で読む。外国からの思想の流入のほんのわずかな一コマを、生徒と一緒に実感できないかと考えたのである。