寒い朝に

60歳になりました
でも もう歳は忘れてしまいました
歳について思っているような
心の余裕がなかったのかもしれません
そんな私が 自分の歴史を思いました
いったい 何をして 
どうしてこうして生きているのかしらって
わかりません もう確かなことは
ふり返ってたどりなおしてみたところで
あらためて 生まれて来るものはないからです
悲しみにくれてばかりいる人を
心の底から 愛してしまいました
それが 私の悲しみの始まりです
その人は この世で生きてゆくことが難しい人
そんな人は でも大勢いるでしょう
わかってはいても 傍らの その人の悲しみは
私に感染して 私の心を壊します
私は 生きる力を失って 私はこの世に
押しつぶされるように 生きてきました
その人に 私のことは見えません
人の悲しみが見えるくらいなら
自分の悲しみの中に 一人で沈んだりはしないからです
それでも いいから
ほんの少しでも その人がこの世に 喜びを見いだせるようにと
手を尽くしてきましたが
私はもうおばあさんです
こういう生涯も あるのです
40年・・・私は 自分の道を歩き続けて
目前の現実からだけは 逃げませんでした
私は そうやって 今 
一人のおばあさんになったような気がしています
なーに 並に生きてゆけないのなら
それはそれですよ・・・
でも 恐ろしいのは 並に生きられないと
一番悲しんでいるのは
この世に行きにくいと
この世は 悲しいことばかりと
酒浸りになって 背中を丸め
顔を覆いながら じっと座っているその人だということです
優しい娘が 励ましてくれましたっけ・・・
悲しみにくれて 酒浸りになっているその人の問題は
この国の事のはずだって
懸命に生きてきた人が 生きていけない世の中って
おかしいって・・・
そうかもしれません いろんな人が
生きられる世の中に なったらいいと
私だって 実は なにくれとやってきたんですよ・・・
私だって どんなに微力でも
この国に 反抗し続けて生きた歴史ぐらいはあるのです
さあ こんなたわいもない話で 
「ある婆の独白」とか何とか名前を付けて
一人芝居でもうちましょうかね・・・・