生きること、病むこと、

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永く学校現場で働いてきて、今年のようなことは初めてです。

いったい何のことかと言えば、一月の末で仕事の区切りがついて退職したのです。

産休だったS先生の代わりに働いて、

昨年の五月二十一日から、今年の一月二十四日までの勤務だったのです。

高校に勤めていた私にとって、その年度の終わりの三か月は忙しさの極みでした。

それなのに今、仕事を辞めた日からほぼ一か月が経って、

私は時間に拘束されることもなく、自由気ままに暮らしています。

その一方で、実はこの一か月、

重要な出来事が、次々に起こったということでもありました。

まず、連れ合いの病気が、色々判明してきてしまいました。

もともとは、昨年の十月の末に気になる症状が出て、一週間ほど入院しました。

その後退院して、しばらくしてから外来受診すると、

念のため、もう少し詳しい検査をと言われて、検査その一に挑みました。

なんと、その折に、病気の元が発見されたのです。

そこで、さらにもう少し詳しくということで、検査その二に進むことになったのです。

検査その二は、いよいよ病気の治療という態勢に入ったことを意味するのですが、

検査その二で、何と、またまた新しい病気の元が見つかってしまいました。

そうなれば、病気の元が他にもないかと、検査その三に進むことは自然の流れでした。

それから、検査その三が無事に終了すると、

今度は病気の元が、もう一つ発見されてしまったのです。

というわけで都合三か所、病気の元が見つかってしまったのですが、

いずれもまだ早い段階のもので、それほど進行していないということです。

ともあれ、きちんと向き合おうと思っています。

いずれにしても、病気から逃げるわけにはいきません。

生きることから逃げ出せないのは自明のこと、

だから、病からも逃げるわけにはいかないのです。

最も私は、連れ合いその人ではありませんが、

ずいぶん永い間一緒に生きてきた同志です。

その上、この私も、三十年も前に、同じような病気をやって、

一通り苦しんできたのです。

 

 

 

 

 

 

 

春よ来い

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おおいぬのふぐり

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踊子草

裏の畑に行ったら、「おおいぬのふぐり」と「踊子草」の姿が、

目の中に飛び込んできました。

太陽の光で、あたり一面、キラキラしています。

春、そのままです。

どんより曇った空を見ることも、もう、そんなにたくさんはないと思います。

「希望」という言葉を思い出しました。

 

 

人生を思う

今日は、事前に聞いていたように、これまでになく寒い。一人で部屋にいて、石油ストーブと、電気座布団のようなもので暖をとって、こうして原稿を綴っている。

ここ三、四日、何かをやる気が起こらない。やることはあるのに、やる気が起こらないのだから、困ったなと思う。

速さの程度は色々だったが、それでも前へ前へと進んできた私の人生にしては、自分らしくない状況だ。

さて、これから先のことなどを思ってみたりしている。あと二年、七十歳までは何とかやっていけるかなと思う。仕事についても、暮らしについても、ゆっくりと自立した状況を保つことができるかなと思う。

但し、何が起こるかわからない。振り返ればそういう事の連続で、何かが起こると、その時々の判断で最優先の方向を選んできた。

もう四十年以上も昔、亡くなった私の父が、「いつまでアルバイトをやっているんだい。」と言ったことがある。当時小さな会社の重役だった父には、アルバイトをしながら、夜間大学に通い、その上、同じ大学に通っていた現在の連れ合いと、一緒に暮らしている私の人生が、とても不安だったのだろう。

確かに、その頃の私には社会の中で通用する人生の設計とか、計画というものがなかった。だが、思い返してみれば、そんなものが何もないまま、家族の各々が、ここまで生きてくることなどできるはずはなかった。

まあ、そうしたことの詳細は、いつか機会があったら綴っていきたい。私は今、年相応に生きることと、死ぬことについて、考える機会を与えられている。

だから、わかりきったことでも振り返りをし、言葉で綴り再確認しようとしている。私には、同じ年の連れ合いがいる。さらに四十代の娘がいて、三十代の息子がいる。娘は結婚して遠くに暮らし大学で働き、息子は介護施設で朝から晩まで働いている。

連れ合いは家の家事万端を担い、一方私は二十年余りを、ずっと学校現場で働き、二度ほど大病をした前後の十年間は家庭教師で日々の糧を稼ぎ、ともかく働き続けてきた。
 

このような各々の家族の現状を思いながら、私と連れ合いが選び取った最優先の道が、少しでもずれていれば、娘も息子も、私も連れ合いも、各々の現在はなかったなと思う。ずっとずっと貧乏だったが、特に子どもたちの成長に関わる最優先の道は何だろうかと思うこと、それを支えるために、一つ一つ、何かを決め、それを選択することだけは怠らなかったと思っている。(続く) 

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色々整理する

色々整理するというのは大事なことです。

若い頃から、身の回りを片付けるのが好きでしたが、

近頃は特に、一つ一つ、いるものいらないものを決めて

片づけていこうと思います。

一方で、実は全く片付け上手ではないところもあって、

未整理のままにしていた諸々のものが、結構たまってしまったりして、

苦労することも、ちょくちょく起こります。

人は生きているだけで、物がたまっていきます。

さて、自分の希望としてはですが、そういうものを少しずつ整理して

最後は、身一つになって、人生を終わりたいと思っています。

でも、もう少し、神様がこの地上に私を置いて、

私ができる仕事を、させてくれるということもあるかもしれません。

そんなにたいしたことではありませんが、

私が人に言葉をかけて、その人が大人であれ、子どもであれ、

ホッとしてくれるような表情を、実際、何度も見てきました。

「君はアジテーターだよ」って、連れ合いに言われたことを思い出します。

おばあさんのアジテーターっていうのも、なかなかいいかもしれません。

私も年をとって、言葉の力を、以前よりはずっと

信じられるようになったと思っています。

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子どもたちと一緒でした・・・

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先月の24日で、地元の中学校での勤めを終えました。

私は、特別支援学級の一つのクラスに所属して、

そのクラスの子が、通常学級と交流する手助けをする仕事でした。

交流というのは、生徒と一緒に通常学級の授業に参加することを言います。

中学校一年生から三年生まで、決められた学級へ生徒と一緒に行って、

授業を受けるのです。

昨年の5月から今年の1月まで八カ月間の仕事でした。

何だかとっても楽しかったのです。

これこれの理由で、楽しかったのだという前に、

今思い返してみても、じわっと、温かいものがこみ上げてくるのです。

色々な意味で、あまりにしんどい子どもが多かったのですが、

ともかく愛おしさで、心がいっぱいになりました。

これまで何年も何年も、子どもたちと一緒に生きる時間を持ちました。

不思議です。私の子どもへの思いは、昔も今も変わりません。

ところで、可愛いクマのお人形。

退職時に一緒に働いた同僚からのプレゼントです。

 

 

 

寒い日々

寒い日が続いています。

朝起きて温度計を見ると七度だったり八度だったりして、

体の芯まで冷えていることを実感します。

それでも一人で、朝食のためにパンを焼いたり、

ヨーグルトやチーズを冷蔵庫から出したり、

リンゴの皮をむいたり、

熱いコーヒーを入れたりしながら、

ぼやっとした頭で一日を始めます。

毎朝のことですが、こういう状況の中で思うのは「命」の事です。

寒さに震えて、それに耐えている「命」について想ったりしています。

今この時の自分より、もっと過酷な状況に生きている人たちについて

考えてしまいます。

 

 

 

 

 

猫たちと暮らす

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連日の寒さで、猫も大変です。

三毛猫の「ミッケ」は、外猫ですが、昼は食事をふるまい、

夜は、家の外に寝床を提供し、その上、湯たんぽまで入れてやります。

もし子供でも出来て、出産したりすることになったら、

もっと別の形で保護するつもりですが、

我が家は山の中で、オスの猫をほとんど見かけないので、

今のところは大丈夫かなと思っています。

「ミッケ」はどこからかやってきました。

山の中に寝場所があったようで、気が付くと

山からたった今下りてきたかのように、我が家の庭から少し離れた所にいました。

あれから三か月位が経って、朝晩の食事をねだりにやってきます。

それから夜になると、寝床に体を横たえます。

その一方で、我が家の飼い猫「チビスケ」は、もう初老に入った雌猫。

寒いときには、家の中で、あったか座布団に座っていることが、ほとんどです。

二匹の猫たちは、互いに喧嘩することもなく、それでも

何となくよそよそしく暮らしています。