時間

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変な題名になってしまった。

でも、どこかしっくりいく。

時間が止まっているようでもあり、

時間が「グダグダ」過ぎているようでもある。

 

ネットを開けて、世の中の現状を見つめようとしても、

本当の所は何一つわからないのだろうとも思う。

 

静かな、あまりにも静かな田舎で暮らしながら、

日本はもちろん、世界中がウィルス感染の危機にさらされている現実。

自分は今どこに立っていて、これからどうなろうとしているのかと考える。

 

何一つまともに考えることもなく、

ある日突然死んでいくという生き方ができないで来たから、

色々なことを思って、かえって充実しているかなと思う。

 

もうじき連れ合いは一週間ほど入院する。

一方チビスケは、ほんの少し元気が出たかなと思う。

命は、どんどんつながっていく。

いや、どんどんつなげていくぞ。

 

チビスケとの日々

「明日のことは思い煩うな」って、

近頃、その言葉を時々思い出す。

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九年前に家族になった猫のチビスケ。

そのチビスケが重い腎臓病になって一日おきに病院に行く。

「快復の兆しは体重が増えることです」と獣医さんに言われた。

そんな中で、前回は少し体重が増えましたねと言われて嬉しかった。

けれども今日は、チビスケが体重計に乗るとわずかに減っている。

一喜一憂してもしょうがない。

食べる量はずいぶん少ないが、チビスケの日常はのんびりしたものだ。

家の中の日当たりのいいところに座って、そのまま眠ってしまうとか、

時折り、私の足元に頭を擦り付けにくるとか、

一緒にお風呂に入ると、自分だけ着替えをする場所に座って、

湯気に包まれて眠ってしまうとか、

いつもと同じチビスケらしい生活をしている。

チビスケには他にも病気がある。

貧血症と、まだ発症はしていないが

エイズの感染も検査で判明している。

その上、高齢でもあるし、完全な快復など到底望めない。

「病状の変化は一週間単位で考えてください。」とは、お医者さんの言葉だ。

チビスケと一緒の暮らしが、もう九年も続いていたなんて感慨深い。

一緒に刻んできたわが家の歴史の中にチビスケはいる。

近頃は以前にもまして、チビスケに話かけてばかりいる私。

「チビスケ、一日でも永く生きていてね。」

それを聞いてか、チビスケの目は優しく私を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

春はやって来る

 今、ほぼ午後の三時半、朝から、事前に予約していた胃カメラの検査を受けに地元のクリニックへ行った。行きも帰りもK君が車で送迎してくれ、帰りには二人の昼ご飯を買いに、スーパーに寄った。何ともゆったりした平和な日常だ。 

 胃カメラの検査結果は異常は見つからない、さらに、前回やってもらった血液検査の結果の方も、全く心配なしという結果だった。まずまず、ここまでは良しということだ。今後は、すでに予約済みの腹部のエコーと、あらたに子宮癌検診を受けることにしよう。 

 健康診断をやろうと思い立って以後、思いつく検査を次々重ねて、やり過ぎではないかとさえ思うが、大したことではない。医療費がかさむなとは思うけれど、とりあえず、向こう一年は生き抜けそうだと、わずかながら自信のようなものが持てれば、自分の人生を、どうやって終えるのかを考えたり、行動したりすることに、多少は余裕が持てるではないか。 

  ところで、もうずいぶん前から、私は自分の力を「過信」することがなくなった。もっとも、自分を「過信」することが、これまであったのかと言えば、常に自分のエネルギーを全開させて、怒り、悲しみ、行動していた若かった頃、そんな自分のパワーを土台にして、いつかきっと飛躍することができると思ったことは何度もある。  

  だが既に私は老人である。無理に自分を老け込ませようとはしないが、私も、連れ合いのK君も、十年も共に生きてきた愛猫「チビスケ」も、その他、私の周りのいく人もの友人達も、確実に老いて変化しているのに、私は気づこうとしていなかったと思う。 

  人も動物も間違いなく老いていく。そういう中で、死んでいくまでの残された時間を、どう生きるのかということを真剣に考えてみると、今だから思いつくこと、今だから行動できそうなことがいくつもあることに気づいたのである。

 年をとっても、パワフルな自分は本来の自分である。その土台の上に老人としての、人としての自分が、できることがいくつもあるじゃないかと、そんなふうに思ったのである。私の内側で静かにエネルギーが充填されていく。そうして、ゆっくりと心が落ち着きを取り戻していくというのは不思議な感覚である。(3月18日)

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パワフル

 17年ぶりに大腸内視鏡検査を受けました。特別我慢できないほどの自覚症状があったというわけでもないのに、なぜ、急にそんなことをしようと思い立ったのかと言えば、永い間共に暮らしてきたK君が、食道癌と大腸癌を患ったからです。

  すでに去る1月29日に大腸の内視鏡検査の中で、一つのポリープとして切除されたのが早期の大腸癌でした。しかしこれは、そう遠くない時期に追加の手術をすることになっています。一方で食道癌の方は4月6日に内視鏡を使って切除する予定になっています。 

  昨年の秋のことですが、ある朝、K君はトイレから出てくると、「出血したよ」というのです。ああ、そうか、いよいよ癌になっちゃったのかと、酒もたばこもやめられないK君には、いつかそういう時が来るに違いないと、私の中で覚悟はできていました。

  ところが、その症状は、直後の一週間の入院では、癌とは診断されませんでした。その後も一応経過観察がなされましたが、その後、ほぼ三か月が経った年明けの一月の末に大腸の内視鏡検査をして癌が見つかったのです。

  さて、その日からは、大腸からどこかに転移していないかと、検査が続きました。すると二つ目の癌が見つかったのです。今度は食道癌、いずれも早期の癌だったのです。

  まあ、そういうわけでK君は、これまで一度も経験したことがない癌との「闘い」に挑むのです。いや、癌との「闘い」というより、病気の程度がどうであれ、自らの終焉まで、どうやって生きていくのかが、あらためて問いかけられ、それなりの答えを出していかなくてはならなくなったという方が、適切な言い方になると思います。

  そこで冒頭に返りますが、病も、老いも、死も、K君だけの問題ではなく、K君と50年近くも一緒に歩いてきた私自身の問題でもあるのは当然のこと。今さらながら、そのことを強く思ったのです。そこで、すでに私の中に存在しているかもしれない病を、まず確かめてみたくなったのです。

   病への不安から検査をしたのではありません。後、どれくらい生きられるのかはともかく、いずれはやって来る死の瞬間まで、K君と一緒に、自分なりに生きてやるぞという闘争心のようなものが、じわじわと湧いてきたのです。

   なんだか、とても不思議な気分です。それにしても、こんな気持ちで大腸の内視鏡検査を受けたなんて、私はまだまだ、元気でやって行けそうです。

 

三月四日の水曜日

仕事を辞めて一か月以上になると、

時々、今日が何月何日なのかがわからなくなってくる。

その上、日本は、コロナウィルスが、

これからどんどん広がっていきそうな気配で、

先の見えない暗い状況があって、ふと気づくと、

気持ちが内向きになっていることもある。

けれども、やっぱり「エイッ」と、心の中で掛け声をかける。

続いて「元気、出そう」と、一人呟く。

さらに、乾燥してカサカサしている顔に、化粧水を何度もつけてスベスベにする。

そして着替えること。

ついこの間まで、職場に来ていったお気に入りのセーターなんかを着て、

ちょっとした用事で外出するのに、備えたりしてみる。

こういう一連の動作は、とても大事なことだ。

さて、今日の夕方には、鍼の先生の所に、

治療に行くつもりの私なのである。

準備は終わった。

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無能、無策、無関心

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ここ数日、国会中継をラジオで聞いていると、

ものすごく怖い現実が、怖いと感じられなくなってしまいそうなのだ。

なぜなら、それこそもう、色んなことを論じる前に、

政権側の無能無策が、あまりに酷すぎて、

笑いがこみ上げてきてしまうという状況に、何度も突き当たる。

国会での政府側の答弁は、まるで、幼稚園児や小学生のレベル。

本来は明確に答えられなくてはいけないことが、答えられない。

質問者の質問に、適切に対応した答えが返せない。

要するに、聞かれたことに答えられないまま、やり過ごされるということ。

こういう状態が目の前で、次々に起こっていると、

まずこちらの精神が、不安定になってくるのだ。

 

 

三月を生きる・・・

粋がる話でもないけれど、

三月を、どうやって生きるのかなどと思っている。

今日は三月二日の月曜日。

あと二十九日間も、私には何の予定もない。

こんな状況は、これまでにはなかった。

くどいようだけれども、明日から、まるまる二十九日間、

私は私の時間を、好き勝手に使っていいのだ。

 

そこで、実はすでに、私が持っていた当面の課題として、いくつかをあげてみる。

その一、「日本思想史」、その二、「日本中世史」、その三、「日本仏教史」

その四、「古文書学入門」、その五、「日本近世史」、その六、「中国近世史」。

以上六つの学科について、2000字程度のレポートを書かなくてはならない。

 

さらに、(高等学校の)古典の授業を(教材別に)創造して展開する資料作り。

これは、必ずしも高等学校における授業とだけ限定しなくてもいいが、なぜ古典を学ぶのか。個別の題材について、それを学ぶことの意義を明確にして、簡潔に言語化し、授業展開の組み立てが、常に学ぶことの意義に沿ったものであることが重要である。

 

というわけで、なんだか今日の文章は、いつもとは様子が違うけれど、

私の三月は、ゆっくり始まっていきそうである

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